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歴史の道を歩く
「現代版白山詣双六」

スタート地点の西養寺を出発する一行

文=金丸 和弘
写真=ウェルカム白山

金丸 和弘(かなまる・かずひろ)プロフィール

1946年かほく市(旧七塚町)生まれ。定年退職後、健康・観光・環境をテーマに、仲間と社会奉仕活動を開始。「TEAMはくさん21」代表、「石川県ノルディック・ウォーク協会」理事長、環白山広域観光ガイド団体「ウェルカム白山」事務局長、合同会社「輝け白山」代表。

江戸末期に金沢の庶民の間で流行した「白山詣双六(はくさんもうですごろく)」を、現代版に置き換えて設定された約20㎞のコース。金沢市東山の西養寺(さいようじ)を出発点に、白山市の白山比咩(ひめ)神社まで24のポイントを踏破します。

白山への憧憬からうまれた白山詣双六

 霊峰白山を越前の僧泰澄(たいちょう)が開山して以来、白山信仰は全国に広まりました。雪で覆われたその姿形はまさに女神の住む山であり、平安時代は都人の憧れの山として崇拝され、多くの伝説も今に語りつがれています。

 昔から、人々は白山の恵みに毎日感謝し山に手を合わせ、一度は訪れたいと憧れたようですが、当時は近づくことさえ容易ではありませんでした。

 金沢城下に住む人々も、登頂は無理としてもせめて現在全国約三千社ともいわれる白山神社の総本宮白山比咩神社(白山市鶴来地区)までは詣でたいと願い、その庶民の願望が江戸末期にバーチャル化された白山詣双六として作成され、庶民の間で大いに流行り、楽しまれたようです。

第1回ノルディック・ウォーク白山詣双六

 私たちは「旅の本当の楽しさは歩くことにある」との思いから、北陸新幹線金沢開業を機にこの文献を活用し、白山へと続く歴史の道を歩いて巡るコースを設定しました。幸いにも当時の資料が石川県立歴史博物館にあり、諸先生方のご指導を頂き、数回下見の上、2013年11月に現代版白山詣双六の第1回目として、多くの関係者の協力を得てロングウォークを実施することになりました。当日はノルディック・ウォークのポール(杖)を使用し、ノルディック・ウォーク公認指導員の方々が随所でサポートを行いました。

 双六の出発点は卯辰山寺院群のひとつ、東山の天台宗西養寺(さいようじ)です。当時隣接していた乗龍寺も今は合併された寺院で、お堂や庭内には地蔵さんなど多くの石仏が見られます。当日参加者はスタッフも含め22名。早朝ご住職夫妻が温かく私たち一行を出迎えてくれ、お寺と白山信仰や加賀藩とのつながりなどを説明した後、井戸に案内してくれました。この井戸の水が泰澄伝説の残る鶴来日御子(ひのみこ)にある手叩き清水、さらには白山のご霊水とつながるとのことで、眼病等に効き目があると信じられています。なぜ白山詣双六のスタートがこの寺院なのか、なんとなく理解できました。全員で道中の安全を祈り、寺門に続く長い階段を下り、金沢の古い町並みの残る細い路地を歩き、ひがし茶屋街を通って浅野川大橋へと向かいます。渡り切ってすぐの主計町茶屋街入口に、源法院と呼ばれ加賀藩の梅鉢紋が見られる小さなお堂がありました。参勤交代の藩主や江戸への速飛脚などは、ここで旅の無事を祈ったようです。主計町から暗がり坂を上り久保市乙剣宮(くぼいちおとつるぎぐう)神社を通って尾張町から武蔵ヶ辻へ向かうこの辺りは、商家などの古民家が多くあり、歩くと城下町金沢の風情が感じられ、思わぬ昔と出合えるポイントです。

白山のご霊水につながるといわれる西養寺の井戸

西養寺境内にて「いざ出発!」

金沢の街中を抜け、鶴来街道へ

 金沢の台所・近江町市場前から香林坊へと向かうと、近代的なビルが並び車も多く、昔の面影はありません。途中前田利家を祀る尾山神社境内で小休止。なんだかほっとした気分です。少し歩くと香林坊アトリオ前の交差点に着きました。ここに小さな祠があり、香林坊の由緒が書いてあります。ところが参加者のほとんどが知らなかったのには正直驚きました。

 ここから犀川大橋は意外と近いものです。橋を渡り終えるとすぐ左折し、蛤坂を旧鶴来街道へと進むと、寺町大通りと交差するところにそれを示す朽ちた石柱があります。そこから寺町寺院群をまっすぐ鶴来方面へと向かう道には、別名忍者寺と呼ばれる妙立寺をはじめ、由緒ある寺院が左右に多く並びます。このあたりは観光客も多くなります。今回は飛び入り参加の寺院探訪研究家・野村みつじさんが寺院についてワンポイント解説をされ、皆を楽しませてくれました。道の突き当たりの鳥居のある神社が昔の要所・六斗広見にある泉野菅原神社(玉泉寺天満宮)です。今回の道中のチェックポイントでもあります。ここで全員スタンプをもらいしばしの休憩。境内の色づき始めた樹木に安らぎを感じます。


最初のチェックポイント泉野菅原神社でスタンプをもらう参加者

 神社の横をさらに南に進むと、なんとなく昔の街道の面影が見えてきます。車優先社会でわき道となり、今は大通りとの交差点には横断歩道すらありませんが、おそらく昔は大勢の人が行き来し賑わった道であったろうと想いにふけり、お互いが幼い頃の記憶をたどりながら歩きます。地黄煎(じおうせん)村、山科、窪の橋と、双六の道をたどり、ここまで来ると高尾山が目の前に迫ってきますが、金沢外環状道路(山側幹線)開通で昔の街道は分断され、はっきり特定しづらくなっています。しばらく歩き山麓の高台にある金沢国際ホテルに着いたところで、昼食となります。ここからは金沢南部や野々市の町並みが一望できます。やや足が疲れたところでもあり、初めて出会った人ともすっかり打ち解け話も弾み、食事は一層おいしくつい時間も忘れてしまいます。食事は歩く旅の楽しみでもあります。

白山詣双六の発祥地ともいわれる手叩き清水

 休んだ後は軽くストレッチしスタート。すぐ近くの額東神社横にある額谷茶屋跡を経て四十万(しじま)へ。この辺まで来るといつの間にか山がせまり、すっかり田舎の匂いが感じられます。白山市曽谷に入り、紅葉した自然を楽しみながら坂尻町を通ると小柳茶屋跡に着きます。足は次第に疲れてきますが、目指す鶴来の町はもうすぐと励まします。ついにチェックポイント・日御子の森の神社に着きます。この神社に由緒書きは見当たりませんが、郷社として白山日御子岳を経て、2013年に遷宮のあった伊勢神宮へとつながるとも聞きました。

 すぐ近くに手叩き清水があります。ここで手を叩くと霊水が湧き出るとの言い伝えが残り、お堂もあります。その水は病気が治るなどと信じられ、白山詣双六が流行した当時は多くの茶屋などがあり参拝者で賑わったようです。この双六も、当初は金沢城下の人たちへ茶屋の宣伝用として作られたとの説もあります。今は訪れる人も少なく由緒書きも薄れ、時の流れを想います。

四十万を過ぎたあたりから、山が間近にせまります

手叩き清水。当時は周辺に多くの茶屋があったといいます

ゴールの白山比咩神社へラストスパート

 月橋を経て鶴来旧町内に入り、鶴来の名前の由来や、秋のほうらい祭りで知られる金劔宮(剱の宮)表参道鳥居から表(男)段に向かいます。流石に足は重くなり、ポールにすがりながら階段を登る人も。参拝を済ませ再度裏(女)段から不動滝を横目に、門前町や商人の街として栄えた鶴来の街中の古い町並みを再び目指し、白山比咩神社表参道へと励ましあいながら足を進めます。表参道の鳥居からゆっくり階段を登り境内へ。70歳以上の方4名を含む全員がほぼ予定通りの時間に到着しました。御朔日参りで賑わった境内がいつもの静けさを取り戻しつつある時間帯で、神職さん方も私たちを温かく迎えてくれました。全員で神前に無事ゴール出来たことを感謝し、その後全員で記念写真。どの顔も満足そう。合掌。歴史や自然を楽しみながら歩いて訪ねる旅はこれからも企画していきたいものです。


白山比咩神社へゴール!全員で記念写真

現代版白山詣双六メモ

【コースガイド】
「白山詣双六」を現代版に置き換え、西養寺(乗龍寺)→浅野川大橋→堤町加賀美屋→犀川大橋→玉泉寺天満宮→地黄煎村→(泉野一本松)→(寺地天王)→山科→窪の橋→高尾山→額谷茶屋跡→四十万→曽谷→坂尻→小柳茶屋跡→日御子の森→手叩き清水→月橋→鶴来→金劔宮→神主町→白山比咩神社までのコース。全行程踏破所要時間は約6時間。

【アプローチガイド】
北陸鉄道石川線野町駅から約30分で鶴来駅、鶴来駅から白山比咩神社へは加賀白山バスで約5分の一の宮下車。バス停から表参道まで徒歩約5分。
西養寺へはJR金沢駅から北鉄バスで約10分の東山下車、バス停から徒歩約5分。

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