木と水の恵みに守られた紙の里を歩く
文=紙の文化博物館
写真=紙の文化博物館〈K〉・福井県観光連盟〈F〉・福井県和紙工業協同組合〈O〉
手漉き和紙の産地として知られる越前市。特に不老、大滝、岩本、新在家、定友の集落が集う五箇の地域は、古くから紙漉きの里として越前和紙の技術を伝えてきました。紙漉き体験や見学に訪れたなら、少し足を延ばして五箇の町も散策してみてください。
古代から続く和紙の産地
昔々、五箇の里に一人の美しい女性が現れ、この地は山が多く耕地には向きませんが自然豊かで水が清いとして里人に紙漉きの技を伝えました。里人が名を尋ねるとただ岡本川の上流に住むものとだけ答えて川上に去ったので、里人は彼女を「川上御前」と呼び、紙祖神として岡太神社に祀りました――。
越前和紙の里、越前市の五箇地区に伝わる紙祖神の伝承です。越前市五箇地区は、福井県嶺北地方のほぼ中央に位置します。越前中央山地と丹生山地にはさまれ、冬には季節風の影響で多量の降雪をみる典型的な日本海気候の土地で、この冬の寒さが、特に紙漉きに適すると言われています。紙料の繊維を包み込み均一に浮遊させる効果がある「ネリ」と呼ばれる填料が、温度が低いほどよく作用するからです。
和紙をテーマにした施設が並ぶ越前和紙の里エリアにはパピルス館、卯立の工芸館、紙の文化博物館の三館があり、パピルス館では紙漉きの体験、卯立の工芸館では伝統工芸士による紙漉きを見学、紙の文化博物館では越前和紙の歴史と文化を学ぶことができます。
紙の神様を祀る里
五箇の地で紙漉きが始まったのは、伝説では西暦500年頃と言われますが、詳細はまだ明らかになっていません。ただ紙の神様・川上御前を祀る岡太神社は『延喜式』にも記載される古社で、実際、五箇を含む越前市には古墳や集落跡などの遺物・遺跡が多く、古代から開けていた土地であったことが想像できます。五箇の地をとりかこむ八幡山や権現山、大谷山は標高が500mほどで、日当たりの良い山麓と平地に流れ込む川を有するこの土地は住みやすい土地であったのは間違いないでしょう。町を歩くと平地と山地の境が明瞭な景観は四季の変化に富み見飽きることがありません。
この権現山の山頂近くに紙祖神・川上御前を祀る岡太神社と、奈良時代の僧・泰澄の創建とされる大瀧神社の上宮(奥の院)があります。両本殿は並んで建てられており、山のふもとの下宮は両社の里宮となっています。
里宮へは越前和紙の里から徒歩15分ほどで着き、道中には古い町並みも楽しめます。運が良ければ漉いた紙を天日干ししている光景に出合えるので、ぜひ訪れてみてください。さらに里宮から奥の院までの社叢林は県指定の天然記念物となっており、自然遊歩道として整備され、途中の展望台からは五箇の里が一望できます。
清らかな山の水が欠かせない
紙漉きには蛍の棲むほどきれいな軟水が適していると言われています。硬水だと原料が均質にならず紙にならないのです。五箇の里を流れる谷水はまさに蛍の棲む軟水でした。この水は前述の大瀧神社の社叢林である権現山のブナ林を水源としています。今も大滝の地下水で紙を漉く、人間国宝の九代岩野市兵衛氏は「この水がなければ紙は漉けない」とお話しされ、2004年の豪雨の際などは水質が変わり、紙を漉くことができなかったと教えてくれました。なおこの豪雨により護岸工事が行われ、現在では蛍の姿は見られなくなってしまいましたが、水質は元のとおり保たれています。
神より伝えられた五箇の紙は、神の林に守られ現在まで受け継がれてきました。大瀧神社・岡太神社では毎年5月の3日から5日に春祭りが行われます。岡太神社の奥の院から里宮へ川上御前をお迎えする「お下り」の神事で始まるこの祭りは古式を留め、里人の紙祖神・川上御前への敬意をよく伝えるものと言えます。
住所 | 福井県越前市新在家町8-44 |
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電話番号 | 0778-42-1363(パピルス館) |
開館時間 | 9:00~16:00(卯立の工芸館・紙の文化博物館は9:30~17:00) |
定休日 | 火曜、年末年始 |
入館料 | 大人200円(特別展開催時300円) ※パピルス館は入館料無料 |
交通 | 武生ICから車約10分 |