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ジオによってもたらされた豊かな食

水田と白山遠望。水田には米をつくるほかにも、雨が降ったときに洪水を防いだり、生物の住処となったりなど、多くの役割をもっています(HA)

写真提供○白山手取川ジオパーク推進協議会(H)、恐竜渓谷ふくい勝山ジオパーク推進協議会(K)、立山黒部ジオパーク協会(T)、白山市観光連盟(HA)、福井県観光連盟(F)、自然人編集部(S)

著者プロフィール

中田 悟(なかだ さとる)

白山市観光文化部ジオパーク推進室(執筆時)。2015年4月から白山手取川ジオパーク推進協議会事務局長。2018年現在は白山市鶴来支所勤務。

ジオパークには、「見て楽しむ」、「学んで楽しむ」、「食べて楽しむ」、「体感して楽しむ」など、さまざまな楽しみ方があります。大地の成り立ち(ジオ)があり、そこに動植物(エコ)が生き、それらの影響を受けながら、ヒトが生活をしてきました。地形、化石、地層、地下水、温泉など、ジオにはさまざまな要素があるので、ジオパークに訪れたときは、そこに培われてきた歴史や文化を見て、そして学んだ後は、その地域の食べ物やお酒なども楽しんではどうでしょう。そこには、古くから親しまれてきた伝統的な食材など、隠されたジオの恵み、ジオとの関わりがきっとあるはずです。

古くから続く耕作地帯

私たちの暮らしに大きく恵みをもたらしている「水」。特に、その恩恵が感じられるものとして、米づくりが挙げられるでしょう。

稲作の代表的な地域といえば「日本の穀倉地帯」と呼ばれる東北・北陸地方です。この地方に共通していることと言えば、やはり水が豊富なことです。黒部川扇状地(富山平野)や手取川扇状地(加賀平野)も、古くから稲作を中心とした穀倉地帯でした。扇状地は、山地から水とともに運び出された大量の砂礫が平野部に堆積してできたもので、元々は礫が多いため水が地下に浸透しやすいので、水に乏しい場所と言われています。しかし北陸は、黒部川扇状地湧水群や白山美川伏流水群があるように、立山(北アルプス)や白山からの雪解け水による地下水(伏流水)や湧水が地域に広がっていることで、美味しい水を豊富に得ることができます。

また、先人達の知恵と努力により、安定した用水の取入れを行うため、現在で言うところの「かんがい排水整備事業」が成され、幅広く用水が張り巡らされて安定した水の供給ができたことも、扇状地で稲作が行われてきた大きな要因です。

さらに近代では平野部だけではなく、山間地域でも河岸段丘の段丘面で稲作が行われており、朝夕の寒暖の差が大きい気象条件も重なって、良質な米の産地となっています。

品種は、主に「コシヒカリ」が中心で栽培されていますが、酒造好適米の「五百万石」や「雄山錦」なども栽培されています。

今や全国でつくられるコシヒカリは、福井県で誕生した品種です(F)

豊富な水を利用した酒造り

日本酒の主な原料は、米と水と麹(米麹)です。そのうち水は、日本酒の実に80%を占める成分で、品質を左右する大きな要因となっています。以前、酒蔵にお邪魔した時にも、杜氏さんが「どんなに技術を駆使しても、水が悪ければ良い酒ができない」と話していました。

白山や立山を源とする流域では、その豊富な伏流水を生かして、日本酒をはじめとする醸造業(味噌や醤油、酢など)が盛んに行われており、稲作とともに古くから地場産業として営まれています。

高山に降り積もった雪が、雪解け水となって川や地下水(伏流水)となり、それが海に到達し、水蒸気となって季節風に乗り、再び山へ戻る。こうした日本海側の多雪地帯で起こっている水の循環が、酒造業をはじめとした産業を生み出しました。白山手取川ジオパーク内では、地理的表示の保護地域に白山が日本酒で唯一指定されており、その地域の水と酒のつながりの重要性も感じられます。このように自然と人が関わりあって循環することは、地域の自然や地形・地質資源をつなぐジオパークの考え方の一つでもあります。

北陸の各ジオパークエリアにおいても、多くの蔵元で酒造りが行われています。一本義(福井県勝山市)、高砂、天狗舞、手取川、萬歳楽、菊姫(石川県白山市)、風の盆、富美菊、満寿泉、おわら娘、よしのとも(富山県富山市)、北洋(富山県魚津市)、千代鶴(富山県滑川市)、幻の瀧、銀盤(富山県黒部市)、黒部峡(富山県朝日町)など多数の銘柄があり、このほか、限定酒などの銘柄も含めると、その数はまだまだ挙げられます。

2013(平成25)年に「和食:日本人の伝統的な食文化」が、ユネスコの無形文化遺産に登録され、伝統的な日本食が再評価されているところです。和食に欠かせない好伴侶は日本酒という方も多いかと思います。新鮮な旬の魚介類とともに地元の美酒を堪能することも、北陸のジオパークの大きな楽しみです。

伏流水を仕込み水として使い、醸し出します(H)

白山手取川ジオパークの手取川扇状地の扇頂から扇端にかけて、5つの蔵元があります(H)

コラム1 天然のいけすを有する立山黒部ジオパーク

日本三大深海湾であり、日本海側最大の湾である富山湾。富山湾の扇状地では、海底でも地下水が湧き出ていて、その先には水深1000メートルに達する深海が迫り、いく筋もの深い谷が海底を刻んでいます。湾奥部で海岸近くまで海底谷が迫った海域は、周囲に比べて海の青さが一段と濃く見えるため「あいがめ(藍瓶)」と呼ばれ、深海に生息する魚介の住処となっています。

富山湾は、深海に流れる冷たい日本海の固有水と、浅海に流れ込む対馬暖流の2つがあります。加えて暖流系と冷水系両方の魚介が生息して多くの海の幸に恵まれていること、そして漁場と漁港が近いために鮮度の良い魚を供給できることなどから富山湾は「天然のいけす」とも呼ばれています。

私たちが富山県で美味しい魚介が楽しめるのも、その特異な地形がもたらした恵みといえるでしょう。

富山県の新鮮な魚介。ジオパークエリアでも飲食店で楽しめるほか、道の駅などでも販売されています(T)

コラム2 各ジオパークで楽しみたい逸品

  • ふぐの子(卵巣)の糠漬け

    現在の手取川河口に位置する白山市・美川港は、江戸時代に日本海を航行した北前船の寄港地であり、本吉湊と呼ばれていました。美川の町は、暴れ川である手取川の氾濫や増水を免れるため海岸沿いに発達する内列砂丘の高台に広がり、北前船の交易・交流による独自の港文化が形成されてきました。ふぐの子の糠漬けは、この地域の特産品として知られています。猛毒を持つふぐの卵巣を塩と糠に漬け込み発酵熟成させたもので、無毒化する製法のメカニズムは、いまもって謎という不思議な発酵食です。

    糠漬けと白山美川伏流水群の水、地元のお米で作られた「みかわ茶漬け」も、地域の活性化の一役を担っています(H)

  • とちもち

    白山市白峰集落やその周辺の特産品とちもち。トチノキの実を加工してもちにしたもので、完成までに約2週間と非常に手間がかかる食べ物ですが、白峰集落では、不作の際に備える食料(救荒食)として、古来より伝統的に作られてきました。原料となるトチノキは、山間地の渓流沿いに渓畔林(けいはんりん)と呼ばれる群落を形成しています。渓畔林は、豪雨の際の出水などにより土砂が運ばれたり、流路が変わったりするため、植物にとっては安定的な環境ではなく、そのため、トチノキなど攪乱に適応した植物だけが生育しています。

    現在では、通常のとちもちのほか、それを利用した洋菓子なども地域の菓子店などで販売されていて人気です(H)

  • 勝山水菜

    勝山市の伝統野菜「勝山水菜」。積雪の多い1月に雪を取り除いて水を引き込みながら育て、2月に収穫します。厳しい寒さの中、雪の下で一定温度に保たれた環境で育つので、甘みと栄養分がじっくりと蓄積されます。1メートル以上の積雪があるこの地域ならではの美食です。

    段丘面の礫中を浅く流れる地下水が雪下栽培に利用されています(K)

  • 鯖のなれずし

    勝山市北谷地区で、冬の伝統的な保存食として欠かせないものに「鯖のなれずし」があります。背開きした鯖に、麹と生姜を加えた酢飯を詰めて発酵させたもので、江戸時代から伝わってきました。山間部の豪雪地帯であるこの地区では、冬を乗り切る貴重な海産物として、かつてはほとんどの家でつくられていました。

    山あいの北谷地区の気候や風土に適した発酵食品です(S)

  • 水だんご

    生地地区に昔から伝わる菓子で、上新粉に片栗粉を混ぜて蒸し、あめ玉ほどの大きさにしてきな粉をかけたもの。名水で冷やすところからこの名が付きました。

    今では、夏場のみ製造され、地域の商店等で販売されます(T)

北陸地方のジオパークを楽しむ

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